なんだか懐かしい。昔の日本に来たみたい。
それが最初に台北の町並みを見たときの印象でした。


TaipeiCity
写真:台北の街並み

SUMMARY
はじめて台湾に旅行に行ったときは、定番である故宮美術館や夜市、台北101など、
台北の定番の観光地を巡ったくらいで、ご飯がおいしくて日本語が通じる親日国、
くらいしか印象がありませんでした。
しかし、2回目の台湾旅行で高雄に降り立ち、電車で台南に行き、繁華街を歩くと、
その何となくの印象が確信に変わり、なぜだろうと疑問がプツプツとわいてきました。
TainanCity
写真:台南駅の風景

台南は台北以上に昔の日本の街並みの印象が強く、林百貨店や日本統治自体に造られた製糖工場、
地球の歩き方に載っている烏山頭ダムを建設した八田與一の偉業など、
昔の日本とのつながりが台北以上にあると感じました。
また同時に商店街を歩くと、なぜかどの店でも歩道と店の間に段差があり、不思議でした。

INSIGHT
ぴぴは旅先でその地の歴史を調べるのが好きなのですが、
地球の歩き方」の旅の準備と技術ページを開き、台湾の歴史を読んでみることにしました。

すると、日本語教育や思想教育など植民地施策的な「日本化」以外にも、
上下水道の整備やダムの建設、農業の灌漑設備の整備など、
現代生活に不可欠なインフラ整備も尽力したことがわかりました。

日清戦争で台湾が日本の統治下になり、その後第2次世界大戦の終戦とともに、
大陸から蒋介石が避難し、中華民国を建国したところまでは教科書的な知識として知っていました。
しかし、日本統治自体に何が起こったかまでは教科書に詳しくのっておらず、
その意味と影響については考えたことがありませんでした。
または八田與一など教科書に載っていたかもしれませんが、サイドストーリーなので、
気に留めなかったのかもしれません。

NEXT
そこで、歴史の教科書から一歩深めた自由研究として、その理由を探ってみることにしました。
  • なぜ台湾の街並みは懐かしい感じがするのか
  • 植民地であったはずなのに、なぜ親日国になったのか
  • 戦後の蒋介石の時代からどうやって今の台湾になったか
次回はそのヒントをくれる本を紹介しながら、謎を紐ときます。